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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)293号 決定

抗告人 有限会社グツパー

相手方 日本弁護士連合会 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  抗告の趣旨及びその理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。抗告費用は、相手方らの負担とする。」との決定を求める、というにあり、その理由の要旨は、

1  別紙目録(一)及び(二)記載の各文書について

日本弁護士連合会の懲戒手続規程(昭和五四年会規二三号)五三条は、日本弁護士連合会が弁護士法(昭和二四年法律二〇五号)六一条一項に基づく異議の申出を受理したときには、同規程三一条から三三条までの規定を準用する旨を定め、同規程三一条は、連合会は、審査請求を受理したときには、処分をした弁護士会にその事案の審査に関する記録の提出を求めることができる旨を規定しているから、連合会は右異議の申出を受理したときには、処分をした弁護士会にその事案の審理に関する記録の提出を求めることができるとともに、連合会は右記録の提出を求めこれを所持していなければ、右異議の審査を開始できないし、その懲戒委員会の議決に基づく決定もできるわけがない。

相手方日本弁護士連合会は昭和五五年四月二二日東京弁護士会会員弁護士吉田欣二にかかる懲戒異議申出事件につき審査を開始し、同五六年三月三日その懲戒委員会の議に基づき、右異議申出棄却の決定をしたものである。したがつて、相手方日本弁護士連合会は、右処分をした弁護士会である東京弁護士会における右事案の審査に関する記録たる別紙目録(一)記載の各文書を所持していることは明らかなのである。また、相手方日本弁護士連合会は昭和五五年五月二二日大阪弁護士会会員弁護士坂本秀文にかかる懲戒異議申出事件につき審査を開始し、同五六年三月三日その懲戒委員会の議に基づき右異議申出棄却の決定をしたものである。したがつて、相手方日本弁護士連合会は、右処分をした弁護士会である大阪弁護士会における右事案の審査に関する記録たる別紙目録(二)記載の各文書を所持していることは明らかなのである。

しかるに、原決定が、相手方日本弁護士連合会が右各文書を所持していることを認めるに足りる証拠はなく、かつ、単位弁護士会たる東京弁護士会及び大阪弁護士会が右各文書を所持しているとしてもそれだけで相手方日本弁護士連合会が所持していることと同視しえないとしたのは失当である。

2  別紙目録(三)記載の各文書について

(一)  相手方日本弁護士連合会は本件昭和五六年一〇月二一日付答弁書(その二)において、その懲戒委員会の前記両弁護士に関する懲戒異議申出事件の審理手続及び判断内容にはなんらの違法、不当はない旨を記載し主張しているが、本件各文書に基づかなければ、このような主張はなしえないものと考えられるから、これは本件各文書を明示的又は黙示的に引用したものと解さなければならないものである。しかるに、原決定が、相手方日本弁護士連合会は本件訴訟において右各文書を引用していないとしたのは失当である。

(二)  また、弁護士法、日本弁護士連合会懲戒手続規程等の関係各法令をみても、懲戒請求人又は異議申出人にかかる議事録の引渡又は閲覧請求権を認める趣旨の明文の規定は存しないが、正しい法の適用を国民に代つて裁判所に対して主張、要求し、国民の権利、義務ないしは民主的法秩序を公正かつ適正な手続で実現して行くという国民的付託要請があるため、国家は弁護士の資格授与と監督権につき、特に政策的に自ら譲歩し、これを相手方日本弁護士連合会に委ねたものである。したがつて、その懲戒手続は、本件抗告人を含めた国民のためのものであり、国民に対して秘密を存してはならず、しかもそれは適正、公正でなければならないものである。そして、このことから明文の規定はなくても条理上、懲戒異議申出人に懲戒委員会の議事録の閲覧、謄写ないしはこれらの副本の交付請求権が肯定されなければならない。しかるに、原決定が、懲戒異議申出人たる抗告人に本件各議事録の引渡又は閲覧請求権を認めるべき根拠はないとしたのは失当である、

というにある。

二  当裁判所の判断

1  別紙目録(一)及び(二)記載の各文書について

文書提出命令は、文書の所持者が民訴法三一二条所定の提出義務を負担している場合に限り発することができるものであり、ここにいう文書の所持者には当該文書を直接占有している者のほか、いつでも事実上これを自己の支配に移すことのできる地位にある者も含まれると解して妨げないが、特定の場合にのみ当該文書の占有を取得しうる地位にあるにすぎないときは、当該文書の所持者ということはできないものと解するのが相当である。

本件において、抗告人は相手方らが別紙目録(一)及び(二)記載の各文書を所持しており、かつ、民訴法三一二条に基づく提出義務があると主張するのであるが、本件記録によつては、相手方らが右各文書を現に所持(直接占有)していることを認めるに足りない。

日本弁護士連合会の懲戒手続規程五三条は、日本弁護士連合会が弁護士法六一条一項に基づく異議の申出を受理したときには、同規程三一条から三三条までの規定を準用する旨を定め、同規程三一条は、連合会は審査請求を受理したときは、処分をした弁護士会にその事案の審査に関する記録の提出を求めることができる旨を規定していることが明らかであり、抗告人が申立外弁護士吉田欣二及び同坂本秀文についてそれぞれ東京弁護士会及び大阪弁護士会に対して懲戒の申立をし、右各懲戒申立事件について東京弁護士会及び大阪弁護士会がそれぞれ懲戒しない旨の決定をし、抗告人は右各決定を不服として相手方日本弁護士連合会に対して異議の申出をしたところ、相手方日本弁護士連合会は右各異議申出事件についてそれぞれ審査を開始したうえ、右各異議申出に対してこれを棄却する旨の議決をしたことは、抗告人と相手方日本弁護士連合会との間に争いがないところであるから、相手方日本弁護士連合会は右各異議申出事件の審査にあたり東京弁護士会及び大阪弁護士会に対し右各懲戒申立事件の審査にかかる記録の提出を求めることができる地位にあつたものということはできるが、このことをもつて直ちに相手方日本弁護士連合会が別紙目録(一)及び(二)記載の各文書を現に所持しているものと断ずることはできないし、また、相手方日本弁護士連合会がいつでも右文書を取得しうる地位にあるものということもできない。また、相手方日本弁護士連合会は東京弁護士会及び大阪弁護士会を含む全国の弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的として設立された法人であるが、単位弁護士会たる東京弁護士会及び大阪弁護士会もまた別個独立の存在をもつ法人であるから、東京弁護士会及び大阪弁護士会がそれぞれ別紙目録(一)及び(二)記載の各文書を所持していることがあるとしても、これをもつて相手方日本弁護士連合会が右各文書を所持しているものと同視することはできないものである。

してみると、相手方らが別紙目録(一)及び(二)各記載の各文書を所持していることが認められない以上、抗告人の右申立はその余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

2  別紙目録(三)記載の各文書について

民訴法三一二条にいう「挙証者カ文書ノ所持者ニ対シ其ノ引渡又ハ閲覧ヲ求ムルコトヲ得ルトキ」とは、挙証者が文書の所持者に対し私法上の引渡請求権又は閲覧請求権を有する場合をいうものと解すべきところ、抗告人が相手方らに対し別紙目録(三)記載の各文書につき、引渡請求権又は閲覧請求権を有することを認むべき根拠は存しない。

弁護士法は、弁護士のみに法律事務の取扱を業とすることを認め(同法七二条参照)、日本弁護士連合会が弁護士を懲戒することができることを定めているのであるところ(同法六〇条、六一条参照)、その懲戒手続は適正かつ公正でなければならないのであることは当然のことであるが、これらのことから直ちに条理上懲戒異議申出人に懲戒委員会の議事録の引渡請求権又は閲覧請求権が肯定されなければならないと解することはできない。また、日本弁護士連合会の懲戒手続規程一〇条は、日本弁護士連合会懲戒委員会の審査期日は審査を受ける弁護士の請求があつたときを除いてこれを公開しない旨を定め、同規程二六条は、同懲戒委員会は相当と認めるときは、異議申出人についてその事案の審査期日の調書、証拠書類及び証拠物を閲覧し、かつ、謄写することができる旨を定めていることからすれば、異議申出人は同規程上、当然に当該事件の懲戒委員会の議事録の引渡請求権又は閲覧請求権を有しないものといわなければならない。そのほか、抗告人は相手方日本弁護士連合会は、明文の規定はなくても、条理上、懲戒異議申立人に懲戒委員会の議事録の閲覧、謄写ないしこれらの交付請求権が肯定されねばならないというが、所論は独自の見解であつて、当裁判所の採用しないところである。

3  そうだとすれば、抗告人の本件文書提出命令の申立は理由がないから、これを却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がない。

よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡垣學 磯部喬 大塚一郎)

目録

(一)(1)  昭和五五年四月一四日付の東京弁護士会による同会会員弁護士吉田欣二の懲戒を不相当とする旨の議決書に引用されている右被懲戒申立人が提出した乙第一号証ないし同第三六号証

(2)  東京弁護士会の綱紀委員会が、右被懲戒申立人に対する原告の懲戒申立てを調査審理した調査資料及び議事録

(二)(1)  更正会社永大産業株式会社の更正管財人代理弁護士坂本秀文に対する懲戒申立事件において、同人がその所属大阪弁護士会綱紀委員会に提出した答弁書に添付されている乙第一号証ないし乙第一七の三号証

(2)  大阪弁護士会の昭和五四年第八号議案議事録

(三)(1)  日弁連昭和五五年懲(異)第一二号異議申立事件に関する被告日本弁護士連合会懲戒委員会の議事録

(2)  日弁連昭和五五年懲(異)第一四号異議申立事件に関する被告日本弁護士連合会懲戒委員会の議事録

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